お稲荷さんは豊かな稔りをもたらす神様

田んぼ、畑の農作物の豊穣と漁業の豊漁
ご縁、商売繁盛、家内安全、学業成就などあらゆる願い事を叶えてくださいます


五穀豊穣・商売繁盛の神様

五穀豊穣・商売繁盛の神様

お稲荷さんのご利やく

歌川広重の町人の暮らしぶりを描いた浮世絵
江戸時代の浮世絵師、歌川広重の風景画は市井の人々の織りなす暮らしぶりと、それが垣間見られる詩的な表現へのこだわりで多くの人々に愛されています。

お稲荷さんのごりやくは、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全のほか、安産や病気平癒、火の用心にいたるまであらゆる願いに対応できるという特徴があります。なぜこんなに守備範囲が広いのかと言うと、昔から農民、町民のみならず、武士など職業の違う幅広い身分階級の間で信仰されたのが理由ではないかと言われています。

近代になり、江戸時代には町のいたるところに、また昭和には自社ビルの屋上にお稲荷さんを祀る経営者も現れたことから、稲荷神社は近くにあり願いごとを頼みやすく叶えやすいということから、今日の「身近な神様」と呼ばれるようになって行ったと想像されます。

稲荷山のお塚をめぐれば分かりますが、漁や船舶、芸能などの専門業界からの信仰も篤く、知れば知るほど奥深くすそ野が広い神様であると感じます。願掛けしたいそれぞれの神様を見つけて参拝してみるのもおすすめです。


五穀豊穣は国家の安泰を祈願する意味だった
田植えをする早乙女
毎年6月に大社の境内にて斎行される田植え祭は早乙女が実際に早苗を植えて豊作を祈る祭りです。

現代では考えられないかもしれませんが、農耕が生活のすべてであった時代、穀物の豊作は国家の安泰と国民の繁栄に直結していました。そのため稲荷神社が願い事を総括する神様に発展していった歴史は想像に難しくはありません。

水口播種祭、田植え祭、抜穂祭、新嘗祭など、伏見稲荷大社の祭事ではたびたび稲作に関する名称が出てきます。稲作における節目節目に神様をお招きし、刈り取りまでの安泰を祈願していたのがよくわかります。

また作物の豊作・不作には天候が大きく影響しますから、天候祈願などもお稲荷さんに一手にお願いしたいと考えます。こうしてあれもこれもうまく行きますようにと祈りを込めてきたのが現在のお稲荷さんの頼みやすさにつながったのではないでしょうか?

叶う願いと叶わない願い

別のページでも書きましたように、お稲荷さんは願掛けがほかの神社よりも早く叶う神様として有名です。しかし、自己中心的な願い事は叶ったとしても長くは続かず、努力不足は無に帰すというのが定番のようです。

もし稲荷神社を参拝後に、突然幸運のチャンスが舞い込んできたとしたら、感謝し、全力でまい進すればそれがやがて成果を出し、本当のごりやくに「成り得るかも知れない」というのがお稲荷さんの本当のご功力かもしれません。

そして叶ったら必ずお礼参りに行くという謙虚さと義理堅さも忘れてはいけません。それを忘れてしまうような人は成功しても長くは続かないからです。そして一回きりの願掛けよりも、長く信仰を続ければおのずと神様との向き合い方が身について来るので、観光よりも信仰をお勧めします。

初午詣りの願いごとは叶いやすく続きやすい

初午の寒梅
初午のころに咲く梅。梅は「春告草」と呼ばれるように一年の中で最も寒い時期に咲き、冬の終わりが近いことを知らせる花です。

毎年二月の初午や旧暦の初午の日に稲荷山に参拝し神様に手を合わせることを福詣りと呼びます。この日はお稲荷さん生誕の日とされ、この日に願い事をすると成就しやすく習い事は継続しやすいと言われて来ました。二月の極寒の冬山に願掛けに登るのですから、それなりの覚悟と忍耐が必要とされるため、その一念は通りやすいと考えられたのでしょう。

稲荷山は今でも滝行や断食の荒行をするための修行者が訪れている場所です。その方たちにあやかってお山してみるのも良いかもしれません。

お稲荷さんはついてくる
稲荷山の祠の前に奉納された眷属さんの置物
眷属さんが付いてきてくれると運がよくなり、事がトントン拍子に進むようになります。

私は長年稲荷信仰を続けていますが、続けていると眷属さんがついてきてくれます。(これは証明のしようがないので信じない人は無視してください)しかも熱心に信仰しているわけでもなく、わりと軽めの信仰で大丈夫です。

人間である以上、なんの苦労もなく学びのない人生は送れませんから、年に一度、多いときで3回くらいは試練が訪れます。ちょっと強めの、夜眠れなくなるくらいのトラブルです。でも最悪の状況からは救われているように感じています。

今までにも交通事故、金銭トラブル、人間関係で最悪の状況になりかけましたが寸前で助けが入りました。車にぶつかるはずが奇跡的に寸前で止まったり、良い弁護士さんが現れて濡れ衣が晴れたり、怖い人が急にいなくなったりとほとんどが急すぎて説明がつかず、潮目が変わったとしか言いようのない急展開でした。

これらはすべて眷属さんが守ってくださっていると思うようになったのはたまに姿を見るようになったからでした。とはいえ、私は霊能者ではありませんのではっきりは視えません。時々白いお姿を見せて「ここにいるよ」と安心させてくれているように思います。

感謝の心WebSite情報
とっておきの話題

ページトップへ