
伏見稲荷にご鎮座する権太夫さんこと田中社、権太夫大神様。 その御力は強く、頼ってくる者をやさしく見守ってくださいます。
一口に神様と言っても階級があり、田中社は伏見稲荷の五社の一つに数えられる有名な神様。つまり階級の高い神様です。人々を力強く見守ってくださり時間をかけてゆっくり応援してくださる反面、すぐに願いを叶えてくださることは滅多にありません。しかし根気強い人、または実力のある人ならばそのお力を垣間見ることができるでしょう。
ただ、権太夫さんの眷属さんはとても親しみやすく身近な存在ですので、いつも参拝者にあたたかなまな差しを向けてくださいます。日頃から行いがよく、他人に親切で誠実な人には眷属さんがすぐに願いを叶えてくださることもあるようです。

5社の祭殿はまず本殿で確認できます。下ノ社、中ノ社、上ノ社、田中社、四大神の5つが5社と呼ばれ伏見稲荷で最初に祀られた神様になります。田中社とは田の中の神様、つまり稲の守り神ということで、伏見稲荷大社を代表するご利益、五穀豊穣の象徴とされています。そのご神体が稲荷山山中の荒神峰に祀られている田中社権太夫さんになります。
この権太夫さんとは通称で、実際のお名前は大己貴命(おおなむちのみこと)と呼ばれる縁結びの神様です。大国主命(おおくにぬしのみこと)の若い頃の名前とされています。

この神様をこの場所にお祀りしたのが奈良時代に山城の国(現在の京都)に住んでいた賀茂氏と考えられています。(※諸説あります)賀茂氏はのちに伏見稲荷を創ったとされる渡来人の秦氏よりもさらに古くからこの土地に住んでいた純粋な大和民族であることから日本人が祀った伏見稲荷で最も古い神様と言えます。
そのため霊場稲荷山で修行する霊能者の先生方からも尊ばれ、別格の扱いをされています。しかし、残念なことに現在は観光が進んでおり、後からできた神社と区別ができない人も少なくありません。

伏見稲荷をなんとなくご存じの方にはわかるかと思いますが、稲荷山には神社と祠(ほこら)など神様があちこちに祀られています。初めて参拝した方はどこをどうお詣りしたら良いかよくわからないと思いますのでまずは伏見稲荷最初の神様、権太夫さんに参拝してみてはいかがでしょうか?
ここでのポイントは神社の名前は田中社。田の中の神様のご利益は「五穀豊穣」、権太夫さんは伏見稲荷最初の神様であり、「縁結びの神様」であることです。
伏見稲荷大社を正面から見たときに後ろに見える山を稲荷山と呼びます。正確には二つの山から構成され、向かって左が田中社権太夫さんがご鎮座されている荒神峰です。

荒神峰とは字のごとく、上り下りがきつく滝行や断食の荒行をするために昔から多くの修行者が訪れていました。また火やかまどの神様、荒神様で有名なように粗末に扱うと災いがふりかかると言われるほど“激しい性格をした荒ぶる”神様の名前としても有名です。このような名のついた土地に身を置かれた権太夫さんはよほど自分に厳しい神様なのではないかと想像されています。
しかし日々自分の修行を怠らず、神様の懐に飛び込むべく素直に無邪気な信仰心で参拝する者には必ず福徳と、その恩恵を授けることは間違いないとも伝えられています。

伏見稲荷大社には全国にいる大勢の稲荷信者から大社の講員を募り、登録した人たちの世話をして組織を管理する講務本庁と呼ばれる部署があります。もともと講という言葉は古くからあり、神仏に参拝に行く人の集まりという意味なのだそうです。

各地方に点在する稲荷信者の集まり=講を大きな組織は「支部」と呼び、小さな組織は「扱所」と呼びます。またそれぞれに集結した信者さんを指導する人物を置くことが義務付けられており、支部長、または扱所長と呼びます。指導者になるには教師の資格が必要で伏見稲荷で所定の講習を受けないと認定されません。その中でも霊力があり、稲荷山で修行した人物のことをオダイさんと呼ぶのだそうです。

これらの写真は昭和48年のビデオ映像に残るオダイさんの修行の様子です。新人のオダイさんを指導する先輩オダイさんや、それをお滝場で一緒に見守り祝詞を唱える講員さんの姿が映されていました。
オダイとは「神様の代理をする人」という意味なのだそうで、神様の言葉を的確に信者さんに伝えなければなりません。そのため過酷な修行にも耐えなければならないようです。現代ではなかなかこういった神聖な儀式を見ることができなくなりましたが、当時はオダイさんになろうとする人を講員一丸となって応援していたようです。

この滝行にも実は作法があるらしく、指導者によって異なるのだそうです。また誰にでもできるわけではなく相応の準備や心構えが必要で、しかるべき指導者についた方が安全で、指導者なしに我流で入るのは危険なのだそうです。水温の関係から夏場の方が楽と思われがちですが時間がたつと体にじわじわと応えてくるのが辛く、案外冬場の方が楽と言う方もいます。

また岩場なので落石もあり危険で、蛇やムカデが落ちてきて体の上を這いずり回ったり時には首に巻きつくこともあるそうです。それでも気にせず一心不乱に祝詞を上げ続け無にならなければならないので、やはり決心のない一般人が安易にできる行ではありません。
水量が多くなると大量の水で鼻腔がふさがれ窒息する危険性もあるそうでやはり命がけの荒行なのです。

入魂式とは、お稲荷様を新しくお祀りする場合や、お社を新しくして再びお祀りする際、お社を移動する際に必ず行なう神事です。オダイさんはこのような時も招かれ祝詞を上げられます。御神前にお米、塩、水、酒、野菜などをお供えし、稲荷大神様がこのお社に穏やかにお鎮まりいただきこれからも講員さんの家庭の繁栄と商売繁盛を御守護いただくよう祈願します。

現在の神蹟と違って、コンクリートや石碑、眷属さんが真新しいのは高度経済成長期の昭和48年の画像だからです。当時は好景気で右肩上がりに業績が伸びる企業が多かったため新しくお塚や鳥居を建てる人も多かったのですが、現在ではあまりこのような光景は見かけなくなりました。時代の変化によるものなので仕方のないことではありますが、再び私たちの国にこのように新設のお塚を建てられる景気の良い日がやってくると良いですね。

『人のゆく裏に道あり花の道』
この言葉は投資の世界ではよく使われる言葉で、人と同じ道を行っても利益は少ない、むしろ人の行かない道こそ利益が潜んでいるという意味になります。
この言葉と同じで、権太夫さんは神様の格の違いのせいか稲荷山の参道(通常参拝ルート)から外れた、あまり人目につかない場所に存在します。それはまるでご縁のある人にしか見えないようで、階段に気が付かない人も多いようです。
荒神峰は仁志むら亭のある四つ辻から左へ階段を登った場所にあります。あまり多くの人が訪れる場所ではないので普段はひっそりとしていますが、登りついた頂上の田中社神蹟にはたくさんの祠が祀られており神秘的な雰囲気を醸し出しています。

気持ちが落ち着き前向きになれる心地良い氣のある場所。その「氣」自体が強く大きいほどそこには人が集まり、人々を幸せにする力もまた大きいものです。
京都伏見稲荷の田中社神蹟 権太夫大神は人とひとに縁をもたらすことで商売繁盛のご利益を授かると伝わる神様で、古くから「権太夫さん」と呼ばれ親しまれてきました。
その拝殿前で権太夫さんの守役をされている奥村亭では、参拝の後、店内に居合わせた者同士が意気投合し互いがビジネスの良き協力者となったと喜ばれている方々が多くおられるのだそうです。なかにはかねてから一度お逢いしたいと思っていた有力者との偶然の出会いがあり、その後も良い関係を続けられているというにわかには信じがたいような羨ましいご縁も少なくありません。
お供えやお燈明のローソクと少しのお土産ものが参拝者に人気の奥村亭。その店内はいつもまでも座っていたくなる優しい氣を感じます。訪れた方は皆「落ち着く」「心地よい」と口を揃えたように言うのはその「良い氣」が流れる場所だからでしょう。そこに権太夫さんへの悲願が通じると一生モノの大切な出会いに巡り合えるのかもしれません。
あなた様のご先祖とご家族が大切に祀ってきたお塚を取材させてもらえませんか?ご参拝時に現地で同行取材させていただくか、メールのみでも構いません。取材内容は上記(掲載されている)の宙千稲荷大神様のような、神様とご先祖様との出会いと現在までのエピソードを教えていただければと思います。メールにてお気軽にご質問、ご応募ください。掲載無料です。